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2014年11月

2014年11月21日 (金)

良き実りを得るには良き種まきを

過去にした悪い行いのせいで起こっている苦しみを、どう断ち切ればいいのでしょう。今目の前に現れている現象は過去の証であると言われます。

これは、良い行い、悪い行いすべてです。つまり、人生は日々過去の積み重ねにあるのです。そして、その過去の日々をより良くするのは、何時ですか・・・『いまでしょう』。
私たち人間は、今日良き日にしたかったら昨日を正すことです。決して未来に期待しないことです。一分一秒後はないのです。しかし、昨日はあったのです。そう、昨日が今日なのです。
未来を思う心があったなら昨日の全てを反省(思い出す)ことこそ今日であり明日なのです。遠い未来より『今』です。
私たちは、『今』と言う時間をお留守にしているのです。しかし、『今日』を生きて行くには『昨日』の全てにヒントがあることを・・・
仮に、今病気に悩んでいるならば・・・どうしてこうなったのという昨日(過去)を思い出せばそこに原因を見出すことが出来るのではないでしょうか。この心得なくして一分一秒後の改善を望んでも無理ではないでしょうか?

2014年11月19日 (水)

気と氣は違う

皆さんは、気功するとか、気を出すとかいいますが、この気(氣ではない)は修行・鍛錬すればなんとなるでしょう。故に、この気は日々修行・鍛錬をしていないと衰えると言われております。

そして、あるところでは相手方(人間に限らず)気を流すには、その対象物を意識してはだめとも言っております。これって少し矛盾を感じます。もちろん、この世の中は矛盾で成り立っているようなものですが?
今政治家の方々の汚職やら政治資金がどうのこうのと騒がれており、政治が悪いとか、議員が悪いとか言っておりますが、その政治を行う議員さんを選んだのは国民であるあなたなのです。裏をかえせばあなたが一番悪玉なのです。
今不幸にして病気で苦しんでいるあなた(自分を含め)、その病気を作った張本人はあなた自身だと言うことを年頭に老いて、いや、置いて自分の諸症状の改善に日々を送ることが病気を改善させる最善策ではないでしょうか?
この様に、『気』・・・『氣』、どちらも同じ氣だろうと皆さんは思われるかも知れませんが、 決して同じではないのです。

2014年11月17日 (月)

『気』と『氣』の違い③

私は、元々整体治療を中心に施療をやってきました。そして、約26年間で12~3万に人に施術してきましたが、では、その元となる整体技術を師について学んだかというと師匠を持ったことは一度もありませんでした。

更に、氣功等に関する勉強・修行・鍛錬はみりんもありません。しかし、氣をコントロールすることは出来るのです。氣をコントロールすると簡単に口に出しますが、皆さんご存知の通り氣というものは肉眼では見えません。しかし、氣を感じるということは皆さんしばしあるのではないでしょうか。
氣を感じる。もしいまいちそれが分からないと思うなら、言い方を変えてみましょう。そう、気配を感じるという体験をしたという方々は沢山いると思います。そうです。氣を感じるというのはこれとほぼ同じではないでしょうか。お解り頂けたでしょうか?
よく氣功療法を相手方に行っている時に、ほらあなたからすごいものを『ピリピリ』と感じるものがあると言いますが、私は、それらを感じたことがないのです。にも関わらず私の施療は明らかに相手方のご要望に応えられる結果が出ているのは事実です。
その真実とは、『気』と『氣』の違いではないでしょうか。私が相手方に融合している氣エネルギーは、『氣』の方だからです。
どう違うのですか・・・それは、『氣』は、生まれながらに誰にも平等に備わっている氣(生理的機能)で、人間に一番適している氣エネルギーで、融合してもらうと瞬時に体内の氣と融合(なじむ)する氣だと言ってもいいでしょう。

2014年11月16日 (日)

『気』と『氣』の違い②

『気』と『氣』の違い、簡単にお話しすれば『気』は修行・鍛錬して得た気、『氣』は修行・鍛錬しなくとも元々人間の体内に存在している氣エネルギー(生命力・或いは潜在意識)です。

そして、氣功の『功』とは、『行う』という意味です。私ごとで言うならば生まれながらに備わっている氣(潜在意識)を相手方に分け与える(融合)行為のことです。
しかし、氣を使うって・・・氣は何処にあるのでしょうか?・・・と疑問が、しかし、氣功師が氣を使うというのですから、気は存在してのですよネ。
では何処に・・・それって(氣のこと)氣功師さんには肉眼で見えるのですよネ。だって氣を使うことは気をコントロールすることですよネ。と質問攻めに・・・
だから私疑問に思うのです。氣功師の私がですよ。私など氣を取得するための修行・鍛錬などしたことがないからです。なのになのに氣功セミナーを開催しております。
そう、簡単明朗に、氣をコントロールするには修行・鍛錬は必要ないのです。だって、修行・鍛錬したからといって氣をコントロール出来る保証は何処にもないのです。氣という存在証明書は何処にもないからです。

2014年11月15日 (土)

『気』と『氣』の違い・・・結果

最近思うのですがear、最近やたらと『気功』とか『整体』とかの看板がやたらと目立つようになったのですが・・・本当に気を使えのだろうか?

その『気』て何だろうか???と皆さん思いませんか?、そしいて、『気』という意味は多少なり解っているのではないかと推測しますが?
『功』ってなんだろうか・・・皆さん解ります・・・こんなこと問い掛けている私、実は氣功整体師なのです、氣功整体師になって約26年になるまだ新参者ですがsnail・・・何とか氣の意味が多少なりと解るような氣がします
皆さん・・・ちょと氣が付きませんか・・・上の行の上の行まで、私は『気』と言う漢字を使っておりました。そして、上の行では『氣』と言う漢字を使いました。同じ『気』と言う漢字でも、この『氣』と言う漢字では氣と言うエネルギー体、いや、思考が全然違ってくるのです。
今街中でよく見られる看板、いや、広告等では『〇〇〇気功院』と書かれておりますが、私は、常に『岩瀬脳氣功院』と明記しております。
そんなのあなたの勝手でしょうが・・・あなたの屁理屈だろうが・・・と皆さんは思われるかもしれませんが・・・そう私の屁理屈、いや、氣功に関する拘りです。そして、出す結果、いや、出る結果が『気』と『氣』の違いで断然違ってくるのですtyphoon

2014年11月14日 (金)

病気を治す言葉、病気を作る心②

前日の続き・・・そして、この言葉がキッカケで今の氣功師である自分が存在していると言っても過言ではありません。

故に、私に師匠がいるとすれば、約26年前に聞かされた病気は自分で治すもの』という天与の言葉かも知れません。
故に、今日まで修行・鍛錬せずとも自分なりきで氣をコントロールしている、いや、出来ているのです。そう、病気一つにしても病院に行って主治医にあなたはこれこれと言う病気ですよと言われても、その後の治癒方法を考えることが出来るのです。
繰り返して言うようですが、病院は病気を治すところではありません。検査してもらうところです。こんなことを言うと病院関係者にお叱りを受けるかもしれませんが、案外これって当たっているかも知れません。
前にも言ったと思いますが、私同時期に首の手術して、私は杖なしで歩行しておりますが、もう一人の方は今でも杖をついて歩いております。私は、主治医に聞きました。彼の場合は手術がうまくいかなかったのですかと・・・先生言いました。いや、彼は自分で治そうという氣がないだけですよとね。これってやはり自分で治す力がいかに大事なのかと思い知らされるのではないでしょうか?

2014年11月13日 (木)

病気を治す言葉、病気を作る心①

私氣功をやっております。と言うと何処で修行したのですか?と聞かれます。でも私は何処でも修行したことはないし、第三者から氣を伝授して頂いたことはないと平然と答えます。でも、私は自分なりきで氣をコントロール出来ると自負しております。同時に、自分自身がびっくりする程に結果をだしているとも自負しております。

 ではどうして、これらが出来るのかというと超簡単です。『氣とは意識なり』『意識とは氣なり』だからです。先ごろも書きましたが、有名な氣功の先生が書かれた本の中で『言葉が氣を誘発させる』と書かれておりました。この先生ほんとに有名であり、海外でもセミナー等を開いている先生で、私の氣功の教え子もこの先生の氣功は素晴らしいと言っております。

 私にとっては、この先生の言っている『言葉が氣を・・・』とやらを、約15年前から唱えております。そして、これらの言葉のエネルギーで約26年前(平成元年)までの前の約25年間、そう、今から約46年間強度の腰痛で病床についていたにも関わらずある日の勉強会で『不幸にして病気になったとしてもその病気をなおすのは自分自身』と聞かされて約25年間の病気から脱せられたのです。続く・・・

 

2014年11月10日 (月)

氣の不調和が即身体の不調に・・・


身体等、問わず全てのトラブルは『氣』の不調和から・・・この世で起きているトラブルは全て氣の不調和から起こっていると言っても過言ではありません。

天変地変のような自然災害も、人間関係のトラブルも、肉体的不調も、氣が不足して氣の流れに滞りがあるとき起きる現象に過ぎません。

すべては氣の状態が作り上げている現象に過ぎないことに氣づかなくては、その現象を食い止めること出来ないと言っていいでしょう。

あなたが、仮に頭痛でも、腰痛でも、足が痛みでも身体のどこかに痛みがあったとして、痛みの原因となるのは、さまざまで、神経を圧迫しているか、損傷があるかとか、医学的には、避けられないもののように考えられますが・・・?

でも、痛みを感じことは極めて主観的で個人差が大きいものです。つまり、痛みを和らげることは、簡単に出来るのです(o^-^o)。

それは、自分の意識を変えることです。そうです。人は思ったこと(意識・思考)に移行してしまうのです。始めに書いたように、氣の不調和で・・・つまり、氣(意識)の低下が病の原因なのです・・・ならば、その氣(意識)の在り方を変えれば諸症状おも自らの意識で変えられる(改善される)のです。

2014年11月 9日 (日)

自ら施療を受けて学ぶもの②


今流行の癒しの『2980円』整体で本当に癒された、いや、腰痛・肩こりが癒しではなく治りたいなら『2980円』では無理と私は言いたいです。勿論、個々のお店では癒し系でなく治し系の先生方もおられますが、そのようなお店は少数ではないでしょうか?

なぜ癒し系で終わってしまうと言うと手技の取得体系にあります。聞くところによるとある癒し系の整体院の取得研修期間が約10日間位で店舗にでて一人前に施療をすると言われております。果たして、そんなことが可能なのかと言うと一部可能と言って置きましょう。

しかし、本当に整体施療院に言って治してもらいたいなら『2980円』を歌い文句にしている大半の施療院では無理と言っても過言ではありません。されど、私は、約26年まえから60分3000円療法をやっております。

さらには、その60分3000円療法で、約26年間で約12~3万人の方の臨床をして来ました。その結果は、言うまでもありません。臨床人数に比例しております。

その施療体系は、自身が整体の学校等に入学して学んだ手技ではなく、自ら整体院に言って自ら施療してもらい身体で覚えた手技だからです。つまり、学ぶより慣れろです。

2014年11月 8日 (土)

自ら施療を受けて学ぶもの

今、この世の中には、セラピーとかヒーリングとか、或いは宗教とか、様々な癒し方法、救いの方法が乱立しております。

各自に対しこれがいけないとかいいとかは言い切れませんが、実際には癒されているのかについては少々疑問が沸くところではあります。
実際に今癒しの市場で囁かれている『2980円』いわゆる『ニキュウパア』と言う癒しの店舗がこれまた乱立しております。これぞまさしく『癒しのお店』であって、私が敬称している『治しの治療院』とは程遠い存在です。
しかし、そんな癒しのみの店舗に訪れるお客様は、腰痛なり肩こりなりを治してもらいたく訪れるのには変わりないのです。
私が、数年前スポーツクラブで施療していたことがありました。数ヶ月間はそれはそれは施療してもらいたい人が絶えませんでした。しかし、月日が経つにつれて施療を受けに来る人が激減してしまいました。
そして、或るときクラブの支配人から言われたことが『先生治しちゃだめだよ』でした。結局は私の治し系の施療ですのそのクラブでの施療を断念したことがあります。
このように癒しのみの施療が市場を支配しつつあります。しかし、これも時代の流れであって批判する氣もありません。ただ受ける側はこの実態を知っているかです。

2014年11月 7日 (金)

氣は身体の中にある

『氣』があれば、自然治癒力や免疫力も充分に機能するのです。病気になりにくく、もし、病気になったても簡単に治す力(自然治癒力)が働くように人間の身体は設計されております。

従って、私は氣功をやっている(意識している)から再起不能と言われた身体でも、ひの生まれながらに備わっている氣エネルギーの存在を知り、なぜ人間には生まれながらに氣エネルギーを授かっているのかの存在感を知りそれを実行しただけのことで奇跡でもなんでもないのです。
この様に、私たちは生まれながらに氣と言うエネルギーを体内に頂いてこの世に生まれて来たのだが、その氣エネルギーをややもすると自分だけのために授かったと錯覚している傾向が大ではないでしょうか?
え~自分のために授かったのではないのtyphoon・・・と思われがたですが、人は一人でではこの世で生存は不可能なのです。人様の助けあってこの世の中に生存出来ると言っても過言ではありません。
人様の助けあってですから、自身も人様を助けなければ自身の存在はないと言うことになります。ならば事は簡単ですネ・・・人様を救えばいいのですhappy01
そのために氣エネルギーは身体の中にあるのです。身体の外にあるのではありません。つまり、氣は自分自身であり、自分自身が氣だということです。なにも修行・鍛錬して氣を得なくとも、氣は生まれながらに自身の身体の中に存在しているのです。snailゆるるりと行きましょう。

2014年11月 6日 (木)

生命力は氣の力

私たは生まれながらにして氣そのものなのです。つまり、生命力は氣そのものなのです。私が約6年前(平成20年)に病気になり再起不能ですとまで言われながらもこうして元気にいられるのも私たちには生まれながらに授かっている生命が氣そのものである所以と言っても過言ではありません。

つまり、一般に言う生命力こそ、氣と言うエネルギー体そのものなのです。その氣エネルギー体をコントロールしているのが脳なのです。そう、生命力(氣体)そのものは『脳体』と言い換えられるのです。
なのに、私たちは外部から氣を取り入れようと、氣を得る修行・鍛錬しょうとしているのです。これって、生まれながらに体内なある氣のものを否定していることにもつながるのです。
これって、自分の存在おも否定していることにも成り得ることなのです。そして、自分が主(あるじ)であり、自分の持ち物でもある脳(右脳)の存在おも否定しているのです。
かと言って、それが悪いとか無駄だと言っているわけではありません。しかし、やはり、私たち人間には生まれながらに授かっている氣と言う生命体の存在に目覚めることが大事なのです。

2014年11月 4日 (火)

あなたの心臓を動かしているのは『潜在意識』です②

潜在意識は『過去』『現在』『未来』の情報を保有していると言われております。その情報、いや、記憶と言ったほうが正しいかも知れません。なぜなら、これら生まれながらに備わっているアカシックデコードだからです。

そのアカシックデコードとは、この宇宙に存在する全ての魂の記憶で、人間は、このアカシックデコードに操られているにすぎないのです。
よって、あなたが直面している数々の解決不可能な問題でも、その最良な解決方法もこのアカシックデコードは保有しているのです。最近の説では、その情報では『全ての生命で共有している』とまで言われております。
この能力(私はこれを意識脳力と意識付けておりますが)をコントロールすることが出来ればあなた自身の抱えている問題や不治の病と言われている病気など簡単に解決することが出来るのです。
これら全て潜在意識のなす業であり、生まれながらに右脳に与えられている記憶(アカシックデコード)の全てなのです。そして、その潜在意識はイメージ(想像力)と深く繋がっており、そのイメージ(意識)された現実世界に実現という現象で我々人間に見せているに過ぎないのです。
不思議世界のようなお話に聞こえますが、確かに私たちの目に映る『現代文明』のほとんどは誰かの想像力によって作られたように見えますが、実際には自分自身の想像力が作り上げていると思ったほうが正解かもしれません。

2014年11月 3日 (月)

あなたの心臓を動かしているのは『潜在意識』です①

あなたには『意識』と『無意識』が存在している事ご存知でしょうか。その『無意識』の領域のことを『潜在意識』と呼びます。もっと言うならば、その『潜在意識』の領域が右脳にある仏性と置き換えることが出来ます。

そして、タイトルのあなたの心臓、いや、身体全体を動かしている、いや、コントロールしているのが右脳と言っても過言ではないでしょう。
そうです。無意識と言うのはあなたの心臓を動かし呼吸したり、あなた自身(正確には顕在意識)が想像も付かない程の仕事をこなしております。
あなたが生きている事自体に必要なほとんどの部分を無意識が請け負っているのです。その証拠にあなたは自分の身体の『血液』を意識的に循環させる方法をご存知でしょうか?・・・知るわけありませんよね。私も知りません。
しかし、無意識すなわち潜在意識(右脳)はあなたがこの世に誕生した瞬間から休むことなく働いてくれているのです。
あなたが怪我をしても、流血を止め、ばい菌の侵入を防ぐために沢山の働きがありあなたが意識することなくても結果的に怪我は完治します。
このように、あなた自身の90%以上の部分を潜在意識は司っているのです。その働きは、あなた自身は全てを理解することは出来ません。今人類はようやく潜在意識の存在のことを『ようやく判ってきた』って状態に過ぎないのです。
そして、潜在意識の最も魅力的と言われる作用が『人間、結構なりたい自分になれてしまう』と言うものがあります。
別名『自動成功マシーン』と言われることもあり、あなたが不可能と判断する事でも潜在意識(右脳力)を使えば『たやすい事』である事が分かってきました。

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